ライフスタイル

私、『母親がいないコンプレックス』を認めて前向きに生きていきます。

こんにちはHaru(@yurupura_haru)です。

ここ数年もやもやしていた気持ちが、子供が生まれて更に大きくなってきたので改めて考えて文章にしてみようと思いました。

私は、『母親がいないコンプレックス』であることを、自分自身で認めることにしました。

22歳の時に母親を亡くし、そして今年の夏に主人のお義母さんを亡くしました。今は、毎日普通に暮らしています。

だけどたまにどうしようもない『ぐるぐるした切ない気持ち』に押し潰されそうになるのです。

この記事は、私と同じような気持ちの人だけに読んでもらえたらいいな。と思います。

悲しみは薄れても、寂しさには慣れることはない

母親が亡くなってもう10年以上が経ちました。

流石にもう毎日泣いたりはしないものの、ふとした時に急に思い出して涙が出ることがあります。

タンクに溜まった水を全部出し尽くしても、気がつくとタンクにはまた自然と水が溜まっていて、時々、少しだけ溢れ出た分が涙になって出て来ます。

10年前に経験した、とてつもないレベルの悲しみは薄れました。流石にあの頃と同じくらい毎日、泣いたりもしません。

それを冷静に考えてみた結果、私なりに出た答えは『悲しみは薄れていくもの』だということでした。

とてつもない『悲しい気持ち』は、時間が経過することで少しずつ確実に薄れて来るのです。

だけど、『寂しい気持ち』は、時間がどれだけ経っても薄れることはなくむしろ強くなってきます。

これが”虚無感”というものなのか、心にぽっかりと空いた穴はいつまで経ってもずっと消えません。

悲しみは薄れていっても、寂しさに慣れることはありません。

【寂しい・淋しい】とは
活気を失い、満ち足りない気持ち。

【悲しい】とは
心が痛んで泣けてくるような気持ち。

悲しみは、心が痛むこと。痛みは少しずつ癒えてくるもの。

寂しさは、満ち足りない気持ちがずっと続くもの。

これを自分自身、納得して認めて生きていかないといけないのがとても辛いのです。

代わりが居ないから他の何かで埋めることは出来ない

『別れ』という視点から考えてみました。

若い頃彼氏と別れると、”もうこのまま死んじゃうんじゃないか”と思うくらい泣いて、こんなに悲しいことはこの世の中にないんじゃないか?って思うくらい泣いて、泣いて、泣きました。

だけど1週間も経つと少し落ち着いて、友達に紹介された出会いだったり、他の人と話をして、誰かにまた少しずつ恋をして、いつしか恋を失ったことも忘れます。

新しい出会いが、失った人の痛みを確実に癒してくれます。

だけど、母親を失ったことは、新しく誰かと出会うことで埋めることは出来ません。

そもそも『失恋』と『死別』では『別れ』の重さが違うから比較は出来ません。

だけど、他の存在が居ない。代わりになる存在が居ない。母親ってそれくらい大きな存在だということ。

『唯一無二』という言葉の重さを実感しています。

母親の存在をいつか子供に伝える時がくる

息子は、今は言葉の意味を詳しく理解することは出来ません。

しかし、もう少ししたら話が、言葉がもっと通じるようになります。

その時に、『ママのママがいないこと・パパのママがいないこと』をどうやって伝えていこうか悩みます。

お墓参りに行ったら、その場所をママのママ・パパのママのどんな場所として、どんな言葉で伝えていこうか迷います。

2人のおばあちゃんがいないことを、寂しいと思わせないように、2人が息子に与えたかった沢山の想いを私から伝えていかないといけないと思っています。

その気持ちが重すぎて、ときに責任を感じてしまうこともあるのです。




それでも前を向いて生きて行くために

少し話は逸れますが、身内が亡くなったことを『会社を休む時に使うカード』と表現する人がいました。

私はそんな言葉が浮かぶ人を理解出来ないし、信じられません。

辛い思いを引きずって強がって生きている人はきっと、私だけではないと思います。

このブログで今まで、自分の母親やお義母さんに対する想いを少しだけ綴ることがありました。

その想いに共感してメールをくれた方もいました。

口に出せない悩みを文章で表現できるようになったことを今は幸せだと思っています。

だけど、悲しみにくれてばかりいても仕方ありません。

埋めることが出来ない寂しさを抱えながら、家族のために前向きに生きていかないといけません。

考えてみると、悲しくなってしまう場面は大概『人と比べてしまったとき』でした。

”子供を親に預けることを当たり前だと思う人”や”親に迷惑をかけてもなんとも思わない人”そんな人を目にしたときに襲ってくる劣等感が、私のコンプレックスをより強くさせます。

比べても仕方ないこと。そもそもそんなこと、比べるものではないこと。

いつかは誰しも経験すること。それを私は少しだけ早く経験しただけ。

それを乗り越えて前向きに生きていることを『自分の強み』にして生きていきたいと思います。



さいごに

自分の弱さや、コンプレックスをさらけ出すこと。自分で認めることは勇気が必要です。

それでも毎日色々なものを目にして湧き出る気持ちを、認めざるを得ないと思いました。

ぐちゃぐちゃになった気持ちも、1つ1つきちんと整えて、前向きに生きて行こうと思います。

悲しさは癒えても寂しさは付いてくる。その寂しさを今の家族が埋めてくれる。そんな家族に感謝して、そんな家族を大切にしようと思います。

そして母親が与えてくれた大きさの愛情を、私も息子や主人に伝えていけるように毎日を生きていこうと思います。

わんこず
わんこず
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